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大往生 私を麻酔科学・道へ導いて下さった師匠・金山利吉先生(3)

そして、最後に・・・
我儘なお願いをお嬢様にしてみた。

それは・・・、
お食事会の最後に金山先生から、今となっては遺言となってしまいましたが、
“今度会う時に、自作したループ・タイとステッキをやるョ”
と云われておりました。

ループ・タイは、お手紙と一緒に郵送されて着ました。
形見分けとして、ステッキを頂けないでしょうか?

金山先生からの形見分け

パイプを咥えた、ユニークなステッキのグリップ

お嬢様は快諾して下さり、金山先生が自作されていたステッキから、
可愛らしい形見分けを頂いた。

ケリー先生からも形見分けを受け、金山先生からも形見分けを受けた。
もう、これ以上形見分けは受けたくないな、と思いつつも人間は必ず最期を迎える。

お二方からの形見分けを大切にしながら、
患者さんにとって安全第一、安心感を与えられる麻酔科道を極めるべく
精進しなくては、と心に誓った。

Fin

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大往生 私を麻酔科学・道へ導いて下さった師匠・金山利吉先生(2)

週末、金山先生のお宅を伺った。

お嬢様が、金山先生のお部屋へと案内して下さった。
生前のまま、お部屋を保っておられ、祭壇に遺影が祀ってあった。

金山先生遺影2013

シャープな顔立ちをしている写真だな、と思っていたら、
“大学を定年で退官した時に撮った写真が一番好きだ。遺影にはこれがイイ。”
と生前に云っていたものですから、と65歳の時の写真であることが分かった。
お線香をあげさせて頂いた。

金山先生ファミリー

金山先生のご家族
お嬢様、ご子息とそのご家族。
ご子息のお嬢様(金山先生にとってのお孫さん。金山先生の記事へコメントを下さった))
金山先生に纏わるお話を30分位、と思っていたら話が尽きず、
1時間を超えてお話をしてしまった。

お暇する頃、ご子息からは、
“今となっては朝比奈先生のブログが父の生前の仕事ぶりがわかる唯一の証です。”
と嬉しいお言葉を頂けた。

出立する直前、お嬢様からもう一度お線香を、と。
ご自宅をあとにする前に、もう一度お線香を灯させて頂いてお別れをした。

To be continued

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大往生 私を麻酔科学・道へ導いて下さった師匠・金山利吉先生(1)

電子メールをたまたま、数日開かなかった。
そんなある日・・・
同僚であったK先生からのメールが届いていることに気付いた。

朝比奈先生が尊敬してやまない金山先生が亡くなりました。
連休明けから入院されていたらしいです。

家族葬のようですが、お伝えしておきます。

こまめにメールチェックしている筈なのに、こんな時にラグを作ってしまって、
お通夜の日程を過ぎていた・・・
職場で、ボロボロと涙が止めどなく頬を伝っていた。
抗うことができない流涙はどれ位続いたであろうか・・・

私に麻酔科学を極めんとす、道しるべを立てて下さった、
師匠のお一人である金山利吉先生。
クリックすると参照できます
師匠・6 金山 利吉教授・10回シリーズ

これ以前には、アメリカの麻酔科学の師匠でもあるロバート・A・ケリー先生を
喪っていた私にとって、二重の悲しみの波が押し寄せ、途方に暮れていた。
クリックすると参照できます
思い出のサンフランシスコ・ Dr. Kelley との出会い 巨星墜つ
Dr. Kelley を訪ねて・13回シリーズ

金山先生にはお嬢様がいらしているので、お弔いが終わって間もないが、
電話に出てくれるのでは、と思いお電話を掛けてみた。

お嬢様とお話しの中、金山先生がなくなる1時間ほど前まで、
しっかりと意思疎通があったことを教えて下さった。

“足腰が悪くて出歩けないョ”、と金山先生は云われていましたが、
無理矢理もう一度お食事にお誘いしておけばよかった、と後悔しております。

そうお伝えすると、東日本大震災直前にお会いしてお話をした
金山先生と私の会食が、他の先生方も体験出来なかった、
ゆっくりとお話しをする最後の機会だった様です、ともお嬢様から聞くことに。

お通夜には伺えませんでしたが、お線香をあげさせて頂けないでしょうか?
とお聞きしてみたところ、ご快諾を頂き、週末に金山先生宅へお伺いすることとなった。

To be continued

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師匠・5 水庭進教授(7)

その後、水庭先生から、お手紙を頂いた。
先生のお人柄を表しており、是非紹介したいと思っていた。
私信であるが、転載の御許可を頂いたので抜粋したいと思う。

それは、
“愉しい知的会話”
と銘打たれた、メールであった。

Asahina 先生

 今日はお忙しい中、I House へお越し下さり、有り難う御座いました。
こんなことを言っては何ですが、先生の内的変貌ぶりは嬉しい驚きでした。

 I House(国際文化会館)は時々知的会話を愉しみに行きます。
いつもは、友人と私の三人が時々ここで会って昼食を摂りながら
知的会話を愉しみます。

 帰りに、皇居を出てくる馬車の列を見たのは、私には初めての経験でしたが、
先生との再会に忘れられないひとコマとなりました。

 気候不順の折柄、ご自愛下さい。一層のご活躍を!

水庭 拝

このメールの後に、
T:“ブログを見て頂けますか?”
そう、ご連絡をさせて頂いた。

 早速、先生のブログや I House での写真、加えて二重橋から東京駅へ向かう
馬車の列の写真をお送り下さいまして、有り難くお礼申し上げます。

 先生が学生時代の小ばなしをよく憶えておられていて、それを再現されたのには、
正直言って驚きました。あれを読んで、私は三十年ほど前の昔が懐かしく
なりました。
(注釈)
下記をクリックすると参照出来ます
師匠・5 水庭進教授(1)
師匠・5 水庭進教授(2)

 あの頃は、体力にも気力にも溢れていましたしから、授業は勿論のこと、
学校の休みの日は必ずと言ってよいくらい、四輪駆動を運転して日本中を
駆け巡っていました。

 それがどうでしょう.......
今では、三千歩はおろか、僅かな緩い坂道を登っても息切れがします。
まことにに悲しく、且つ情けなくなります。

 二十五冊に及ぶ俳句辞典の完成と、「異説・東京ローズ」を曲がりなりにも公に出来て、
今はもっぱら静養に努めるよう心掛けています。
そして、体力がある程度恢復するまで、医師の忠告に従って、何ものにも
煩わされないよう、平穏な生活を送るよう心掛ける積もりです。

 気温が急激に下がって参りました。ご自愛専一になさってください。

水庭 拝

心暖まる、メールを頂いた。
それと共に、水庭先生の御体調が気懸りで、仕方がなかった・・・。

しかし、学生時代の私は問題児だったのかな
内的変貌って・・・


水庭先生との素敵な再会、ヤシオさんとの新たな出会い、そして皇居でのハプニング
心に残る、終わりゆく夏のひと時に、感慨無量。

また、近いうちに、水庭先生にお会いしたいと思う。

Fin

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師匠・5 水庭進教授(6)

I House での楽しいひとときは、アッという間に過ぎ去った。
水庭先生の御体調もあるので、そろそろお暇、という時に・・・

M:“今日はこの後、用事があるのかな?”

T:“医科歯科大学へ用事があります。”

M:“じゃ、ヤシオさん、彼をお茶の水まで送っていってあげてくれないか?”

そうおっしゃり、私をお茶の水へ乗せて行って下さった。

その道すがら、皇居の脇を通ったのだが・・・
信号がオール・レッドで急に車線がクローズされ、
我々の車は身動きが取れなくなった。

Prof. Mizuniwa V

Prof. Mizuniwa VI

Prof. Mizuniwa VII

M:“オォ~、馬車だ、馬車。”
 “撮りなさい、こんな珍しいことはない。”
親子の様な、また師弟の関係でもあり、水庭先生の御指示に直ぐに従って撮影を敢行。

馬車のシルエットが異なり、弐台の馬車であったことが、写真から確認出来ると思う。

JR東京駅へと消えて行った馬車と共に、信号がオール・グリーンに変わり、
車線規制が解かれた。

その後、医科歯科大学へドロップして頂いた。
徒然草での卜部兼好(兼好法師)が如く・・・
下記をクリックすると参照出来ます。
師匠・1
サーヴィス症例検討会・ファイルNo.19-(16)

水庭先生・ヤシオさんの車が見えなくなるまで、手を振ってお見送りをさせて頂いた。

To be continued

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