スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Dr. Kelley を訪ねて PART IV

お墓参りに出向く直前に・・・

リビングへ奥様は私とドーラン先生を通した。

そこには、ケリー先生の洋服のみならず帽子などが綺麗に並べてあった。

ケリー先生が亡くなったのは、去年の5月10日。
クリックすると参照できます
思い出のサンフランシスコ・ Dr. Kelley との出会い 巨星墜つ
今際の際に、行かなくては、行かねば、と思っていたが、叶わなかった。
そして、お墓参りに伺うまで、既に約1年半も経っていた。
お互いの居住する太平洋間の膨大な距離を恨むしかなかった。

一年と半年が過ぎ去って、奥様の心の整理が着いたのだろうか・・・

Bob Kelley VII

ケリー先生の遺品であるお洋服を寄付に出す直前だったという。

MJ:“テリーとドーランに着てもらえれば、彼も本望だと思うわ。”

奥様はそういうと、
MJ:“形見分けをしてあげるから、持っていけるだけ持っていきなさい。”
そうおっしゃって下さった。

ドーラン先生と一緒にチョッとしたファッション・ショウ。

奥様も、
MJ:“ウンウン、良く似合っているワ”
などの、合いの手を入れて下さった。

私は、ケリー先生が好んで着ていた、オーストラリア製の派手な柄のセーターを頂いた。
それ以外にも、Tシャツやウインド・ブレーカーなども頂き、
スーツケースに収まらないので、鞄まで頂いて、形見を持ち帰ることにもなった。

今回、奥様にお願いして、ケリー先生がお使いになっていたボールペンなどの遺品を一品、
形見分けして頂こうかな、と思っていた矢先のことだった。
肌身離さず機会あることに着用してケリー先生に、
私の麻酔科道や人生を護って頂こうと思う。

その後、墓参に。

Bob Kelley III

メリージーンさんが転がす、フェアレディ―Zは、オープン・カーで且つマニュアル車。
そんな粋な車を操縦して、ケリー先生の元へ。

Bob Kelley IV

奥様と一緒にケリー先生の墓前に立ち、お線香を焚いて、冥福を祈った。
メリージーンさんがその時、ポツリと漏らした言葉に、私は涙が止まらなくなってしまった。

MJ:“此処へ来ると、色々なことを思い出してしまって悲しくなるから、あまり来ないの・・・”

日本では、祖先を敬う為にお墓参りを欠かさない。
それが故人を偲ぶ想いを表す、といった感覚なのだろうけど、
メリージーンさんのお気持ちも良く分かる。

そんなに、お互いが深く愛し合っていたんだな・・・

としんみりとした。

Bob Kelley V

その場を離れる前に、ケリー先生ご一家のみならず、私にとっても思い出深い
グランマのお墓へもお参りに。
下記をクリックすると参照できます
思い出のサンフランシスコ・ Dr. Kelley との出会い(11)

Bob Kelley VI

左から時計回りに、
Ms. メリージーン・ケリー(ケリー先生の奥様)
Ms. ジニ―・ドーラン(ドーラン先生の奥様)
Dr. ウィリアム・ドーラン

その晩には、ドーラン先生宅でメリージーンさんと一緒に食卓を囲むことに。
ケリー先生のご冥福を祈っての晩餐会だった。
先立って、4人で手を繋ぎ、ケリー先生のご冥福を祈ってからお食事を頂いた。

To be continued

面白かったり、共感して頂けたら、バナーと拍手クリックを是非お願いします!!!
人気ブログランキングへ


コメント

No title

素敵なお話ですね、今日は朝から気分よく働けそうです。
朝比奈先生のお人柄が良くわかります。

No title

アニマルさま

コメント有難うございました。
形見分けして頂いて、本当に嬉しかったです。
こちらから切り出さずに、奥様からのご提案で
あったことから推察するに、
奥様の心の整理が着くまでに早過ぎず、
また寄付に出されるほど遅過ぎず、
タイミングが良かったのだと思います。

おそらく、ケリー先生も奥様に、
”寄付へ出すのを、もうちょっと待ってくれ。”
天国から、そうおっしゃって下さったのでは・・・
と運命的なものを感じました。

ケリー先生に護って頂けるセーターを愛用して、
感慨深いものが帰国後、日増しに募ります。

人とのお付き合い、そして別れ。
人生の素晴らしさ、楽しみ、困難、そして悲しみなどを
再度見つめ直すきっかけにもなりました。

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。